親は毒だが役に立つ

毒親育ちでも幸せに暮らしていくお手伝いが出来たら…

三社参りと毒母の兵糧攻め

今年は三社参りが出来ました。

元旦から三が日で三社お参りできたのは初めてです。

憂鬱なお正月を少しでもゲン担ぎの様な気持ちで。

 

毎年近所の神社にはお参りさせてもらうのですが、初めての神社にも行くようにしています。

今年は大好きな野球選手が行っていた神社まで少し遠いけど行ってみました。

 

とてもかわいい花手水でうれしくなりました。


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女性が喜びそうなかわいい神社でした。

 

おみくじは中吉。


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健康と家庭が少し気になるところ笑

 

夫は優しいのですが、喧嘩や話し合いを避けるので、もう十数年経った今はもう諦めてこちらの要望も言わないようになってきました。

かといって不満がないわけではないのでたまる一方ですよね笑

良い風に言うと喧嘩しませんが、何考えているかわからないし、こちらの気持ちも暖簾に腕押しのようなスルースキル。

 

昔は言うようにしていましたがわかったかわかってないのかわからないような

「ごめんなさい」をとりあえず言われ、次の日にはなかったような感じになり、

こちらの要求も数日後にはもう忘れているかのように改善されず…

を繰り返すうちにもう私も疲れてきました…歳ですかね笑

 

本気でぶつかる(お互いに)とこが大事だとはわかっていますが相手にその気がないうちはもう仕方ないな、となってきました。

 

毒母は一度機嫌が悪くなるとかるく一週間くらいは不機嫌で過ごすので反面教師で、

私は尾を引かないようにすると、夫はいいように解釈してしまい何もなかったかのように過ごすという悪循環です。

本当に今考えてもずーっと機嫌悪く過ごすっていうのは呆れるほどバイタリティーあるなと思います。

「私はおこってるんだ!」というのを前面に出し、無視は当たり前、なんなら兵糧攻めまでしてくる始末でした。

見かねた父がたまに部屋まで私のごはんを持ってきてくれましたが、

親になって思うのは実母でありながらよくそんなことできたな、のひとことです。

良くて私以外の家族が食べ終えてからリビングに呼ばれる。

大体その時のメニューはすき焼き。

もちろんちゃんとお肉とかとっておいてくれるようなことはなく、欠けたお豆腐とか、野菜のくずみたいなものだけ。

心の中で「こんなんやったらいらんわ」って思うけどそんなこと言ったら地獄をみるので言わないけど笑

なのですき焼きはなんかちょっと嫌な思い出。

今思うとたまたますき焼きやったんではなくてわざとだったんかなぁ。

 

暴言暴力もつらかったですが、無視や兵糧攻めも子供時代と成長期にはかなりこたえました。

 

私は子どもたちに対しては怒りが持続するというのはほぼないですが、

夫に対して私はまだ怒っていてもやっぱりそのまま数時間過ごすというのが苦手です。

 

最近よく言われているように「自分の機嫌は自分でとる」というのが大事だな、と常々思います。